たっつんが、明日はアイツの誕生日なんていうから。
スバガキが、コンビニ入りたいなんていうから。
コンビニに、こんなモンおいてあるから。
思わず買ってしまったじゃないか。
――アイツなんかの為に
【Stop the Rains 】
「よぉ、御柳」
校門を出てきたヤツに声を掛ける。
くるり、芭唐が振り返る。
オレの姿を見つけて、少し目をみひらく。
「・・・猿野?」
「おう。」
「なんで、猿野がオレの学校にいるワケ?」
「おまえが今日誕生日だって聞いたから
童貞の芭唐キュンを笑いにきたのよ」
心臓がバクバク言うのを隠しながら、オレはふふん。と笑ってみせた。
芭唐は野球道具を背に抱えたまま、肩をすくめてため息を吐く。
「猿野、てめーヒマすぎだろ?」
「なんとでもいいたまえよ芭唐クン。
ハッピー童貞バースディ!」
「つーか、童貞じゃないんですケド
これから、遊ぶ約束も入ってるし。」
呆れたように呟かれたた言葉に、ズキリと心が痛んだ。
予期していた反応とはいえ、やはり心は正直だ。
僅かな嫉妬と
微かな性差の劣等感が、胃を突き刺す。
だけど、こんなところでくじけてはいけない。
予想していたことだと、自分を奮い立たせる。
「あのさ、御柳。ちょっと時間くんねー?」
「は?」
「20分…、いや、5分でいいから!」
オレが頼むと、御柳は面倒くさそうなそうな顔でケータイを取り出した。
だるそうに左手で髪をかきあげ、電話をかける。
ちらりと液晶を覗いたら、女の名前が表示されていた。
彼女に遅刻の連絡をしているのだろうか。
オレの突然の誘いを、理由も聞かずに承知してくれる御柳に
緊張していた心がほぐれる。
数コール後。
もしもし、と甲高い声が受話器から漏れる。
オレは恋人同士の会話を聞いていたくなくて、ipodを取り出し、耳を塞いだ。
聞こえてきたのは、ひょっこりひょうたん島。
気分を盛り上げようと、歌詞に合わせてオールを漕いでいるフリをしていたら
いつの間にか近づいてきた御柳に「ヤメロ」と呆れられ、イヤフォンを外された。
「電話、終わったのか」
「ああ。」
「何時にどこで、待ち合わせ?」
「面倒だから、今日は会わねー。」
「へ?」
「だから、猿野。5分じゃなくて、もうちょい付き合え」
ニっと、挑戦的に笑われる。
うわ、なんだこれ。 反則だ、反則。
御柳がくれた思わぬ優しさに、驚きすぎて心臓が飛び跳ねた。
言葉がでてこないで、頷くだけのオレを、御柳が笑ってついて来いと引っ張る。
オレは突然の幸福に頭が真っ白になりながら、ただ黙って御柳の後を追いかけた。
付き合え、といわれた言葉通り。
御柳が行きたいという所に連れまわされて、
商業ビルを上から下まで踏破したあと。
駅までの帰り道の途中、公園を見つけた。
「少し休んでくか?」
御柳が立ち止まってオレを振り向く。
小走りで御柳近づいて隣に並んだら、御柳はちょっと笑って歩き出した。
公園に着くと、御柳がドサっと荷物を置いて、ぐるり首を回し満足気にブランコに腰掛けた。
キィ、と錆びた鉄のぶつかる音がする。
あまり硬質ではない響きに、雨の訪れが近い予感がしたが
オレも並んで、隣のブランコに座った。
「疲れたか?」
ブランコをかるく漕ぎながら、御柳が聞く。
「あんだけ店回ればさすがに、な。」
「季節変わるなら、こんくらい買い物するっしょ?」
「オレは服装とかきょーみねぇもん」
言ってから、これじゃダサ男だと宣言しているようなモンだと思い、
慌てて口を噤んだ。
御柳はそんなオレを見て、カラカラと明るく笑う。
「変なヤツ」
「うるせー」
「でも、おまえらしいな」
そう言って笑う。
反則。反則ばっかりだ、今日のコイツは。
おまえらしいなんて言われたら、
オレのことを見ていてくれているんだ、なんて気づいてしまったら
嬉しくなってしまうじゃないか。
バカヤロウ。
オレはブランコを漕いで、
鉄の軋む音で沈黙をごまかした
しばらく、2人で言葉も交わさず、揺られていた。
遠くで、雲に覆われながらも夕焼けのオレンジが空を覆うのが見える。
包み込むような柔らかい光に、オレはしばし見惚れた。
木々が、風に揺れる。
子供がつくったままにした砂の城が、
時間を経てもしっかりと佇んでいるのに僅かに笑ってしまう。
オレがくすりと静寂を破ると、御柳がブランコをとめた。
「それで、オレの時間が欲しいんだっけ?」
ブランコから降りた御柳が、いつのまにかオレの正面にやってきて
オレを見下ろしながら、悪戯っぽく笑う。
核心を突く言葉に、覚悟してきたことだとはいえ緊張に身がこわばり
オレはぎゅっと唇を噛んで、手の震えを誤魔化した。
大丈夫、大丈夫。
オレは自分に言い聞かせる。
自然に、自然に。
そう念じるも、御柳の視線を意識しぎごちなく動いてしまう腕を叱咤しながら
オレは横に置いていたバックを持ち上げて、中から小さなコンビニの袋を取り出した。
震える手で、上目遣いのまま、ソレを御柳に渡す。
「これ、童貞記念ってことで。」
何度も練習したセリフなのに、声が少し震えてしまった。
「だーかーら、童貞じゃねえって。」
御柳が文句を言いながら、カサカサと袋を開ける音がする。
御柳の反応が気になって、僅かに顔を上げると
御柳は表情を伺えない瞳で、じっとプレゼントを見ていた。
「…これ、ビーフジャーキーじゃん」
「うん。」
「オレの好物。」
「うん。」
「おまえの用事って、コレ?」
改めて言われると恥ずかしくて、馬鹿にされている気がして。
悪いかよッ!
恥ずかしくて、いたたまれなくて。
思わず怒鳴り返そうと顔を上げるのと
アイツが綺麗に笑うのが、同時だった。
「ありがと」
嬉しそうに言われて、言葉に詰まる。
口を「わ」の形に開けたままのオレに、
御柳はさらに、嬉しい。と付け足して
包装をあけて、1枚ビーフジャーキーを口に入れた。
「うん、うまい」
ニっと笑った顔に、オレは脱力してしまい
ブランコから落ちそうになってしまった。
衝撃に身を竦めたら、目の前の御柳が支えてくれた。
「ったく、危ねぇな」
呆れたように笑われる。
優しい、優しい笑顔。
その顔を、すぐ目の前に見てしまって。
真っ赤になったオレの顔を、御柳は両手ですくった。
慌てて逃げようとしたオレの顔に
いつのまにかふってきた雨が、ぽつぽつとあたる。
泣いてしまったように目元を濡らすオレを、御柳はなにかを探るように、じ、と見つめた。
そうして、オレの髪をよけ、右手で水滴を拭ってくれてから
雨をよけて、オレに、口付けを落とした。
驚いて固まるオレをそのままに
角度を変えて、何度も御柳の唇が降りてくる。
捕食されるような、官能的な、キス。
御柳の舌が歯列をなぞり
歯茎をそっとくすぐる。
頭を振り、抵抗すると
オレの腰にあった御柳の左の掌が、あやすようにオレの背中を撫ぜる。
雨で匂いが消えた公園に、御柳の香りがして
脳が痺れ、なぜだか胸が苦しくなった。
息継ぎしたくて口を開けたら
御柳に首筋をくすぐられた。
そのまま舌が進入してきて、オレの舌に触れる。
その淫靡でリアルな感触に、急に恥ずかしくなってしまい
思わず御柳を突き飛ばしてしまった。
「な…なにすんだよ!!!!!!」
ハァハァ、と肩で息をして、唇を右手でごしごし握りながら御柳に抗議する。
そんなオレのウブ丸出しの反応に、御柳はニヤニヤと笑い、
「お返し。気に入った?」
そんなことを言ってくる。
「おまえ、彼女いるのにキスなんてすんな!!」
「はぁ?彼女なんざいねぇよ。」
「だって、今日遊ぶ約束して…」
「ただのオトモダチ」
「でも、オレ、男でッ」
「知るか、そんなん
好きになったんだから、仕方ねーだろ」
幸福で、死ぬかと思った。
なにかいいたくて言葉を捜すも
頭が痺れてうまく回らなかった。
へたりこんだオレを、御柳が引っ張り起こしてくれる。
その拍子に手が触れ合ってしまい、オレは真っ赤になって俯いた。
御柳はおかしそうに笑う。
「最高の誕生日になった、ありがとな」
御柳は指でオレの顎を支えて上を向かせ
そっと触れるだけのキスを落とした。
触れるだけだった唇は、離れた途端
温度と柔らかさと、恋情をオレに残した。
優しすぎるキスがくれた甘い痛みに、オレの心は悲鳴を上げた。
雨が次第に勢いを増す。
御柳がオレを、そっと抱きしめてくれる。
御柳の温もりに顔を隠し、オレは目を閉じ、勇気を出して、言った。
「御柳、オレもおまえが好き」
「うん、知ってる」
御柳の掌が、オレの濡れた髪をやさしく撫でる。
秋の初めの甘い雨が、オレたちをそっと確実に濡らす。
もう、帰ろう。
オレたちはその言葉でこの雨を終わらせるのを、いつまでも互いに押し付けあっていた。
end