Good bye dear.
ずっと一緒にいたから、僅かな変化でも気づきます。
ずっと一緒にいたから、僅かな迷いでも気づきます。
ほんの僅かな、ボールのブレで。
あなたのボールの、握り方で。
そうですね、思えば、あなたは出会ったときから、大きな夢がありました。
あなたの闇を作ったのが夢なら、あなたを救ったのも、夢でした。
夢を追うあなたに惹かれた私なのに、あなたが夢を叶えていく姿は、私にとって最高の幸せであり、絶望でした。
ああ、どうして。
どうして、此のような出会いでなければならなかったのか。
これが、運命と云うものであることは、勿論分かってはいるけれど。
「辰、どうかしたか?」
彼もまた、私の僅かな変化を、すぐに気付きます。
いっそ、あなたが私を、要らないと切り捨ててくれたら、どんなに楽でしょう。
私は安心して、壊れ、叫び、苦しみ、絶望して、この関係に幕を引くことができるのに。
「いいえ、なんでもないです。
あと5球、投げ込みましょう。
左肩が少し、上がってしまうのに注意して」
(あなたはいつも、上がっていく癖があるから。)
いつもなら、幸せとともに付け加える言葉。
でも今日は、知ったように「あなた」の「いつも」を語ることが、どうしても私にはできませんでした。
苦笑いして取り繕う無様な私を、あなたのその瞳が写しているのかと想うと、とても。……とても。
「辰、少し休憩入れるぞ。」
わざとぶっきらぼうに言い切るのは、心配してくれるときの、あなたの優しい癖。
「いいえ、今辞めたら、却ってあなたの肩によくない。」
「でも、辰」
「大丈夫です。
大丈夫です、だから。」
優しくしないで。
気が付かないで。
心配なんか、しないで。
「続けましょう、あと少しだけ。」
この関係を。
この恋を。
私が笑みを形作ると、あなたは拗ねたように、またグローブを嵌めました。
ピッチャーマウンドの砂を馴らしているあなたに、私は私の出来る限りで笑顔を見せます。
いつだって、前を向いていた犬飼くん。
辛い時も、黙って耐える、あなたのその強さが、私の憧れでした。
犬飼くん、
あなたは、私の人生で出会えた、最高の「光」でした。
あなたは、私の全てでした。
あなたは、からっぽな私の、宝物でした。
あなたの人生を少しでも、私が彩ることができたことを、祈ります。
私があなたに恋をしたことが、あなたの痣にならないことだけを、祈ります。
今日は、あなたと私、最後のバッテリーの日です。
明日からは、プロの世界で頑張っているあなたを遠くから見ていることしか、できない。
私があなたに持っている、この感情は、あなたに汚いものしか残さない。
ええ。私は、恋をしました。
罪を犯すように、あなたに、恋をしました。
せめて、罪から始まった恋が、あなたにまで危害を加えないように。
今日、練習が終わったら、あなたに内緒で、東京へ行きます。
きっと、言えば、優しいあなたは付いてこいと、云うから。
あなたが欠けた世界を、私は一人、生きていくことにします。
ドンッ。
あなたの投げた球が、私のミットに吸い込まれていきます。
「ナイスピッチング、犬飼くん!
やはりあなたは、最高のピッチャーです!」
夕焼けを背にしたあなたが、私の言葉で照れる姿が本当に好きでした。
好きでした。
本当に、大好きでした。
ドンッ。
感情を捨てることなんて、きっと私には一生できないと思います。
あなたが教えてくれた恋は、私を隅々まで形作ってくれているから。
私は、貴方を、心から、愛しています。
ドンッ。
この気持ちがあれば、私は生きていける。
ドンッ。
「辰、ラスト1球、行くぞ。」
ズドン、と。
犬飼君の投げたボールはあまりに真っ直ぐで
私の心を最後まで震わせるものでした。
end