愛など多分、絶望によって容易く消えていくだろう
「愛など多分、絶望によって容易く消えていくだろう。」
呟いてみたら、えらく薄っぺらな音だった。
「絶望によって消えていく?」
「聞いていたのか。」
「聞こえて来たんだ。」
黒を基調に揃えられた部屋。
どこかのカタログ通りの部屋。
作りものの部屋。
居場所がない部屋。
「絶望により、深まる愛もある」
「随分マゾヒストなんだな」
「君には負ける」
「何故」
「分からないとは、君は自分自身にサディストらしいな」
「言葉遊びは好きじゃない」
自分自身が黒と白でしかないことは、ずっと昔から知っていた。
俺は眼の前の男が嫌いだった。
華やかな、世界には色があると俺を脅迫するかのような、この男が。
「君は、綺麗だよ。とても。」
「気色の悪い奴だ、お前は」
「そうだね。」
にこりと笑い、悟ったように言われて、腹が立った。
牛尾の首筋に噛みつき、ベッドから床に押し倒した。
牛尾は僅かに顔を顰める。
そうだ、こういう顔をすればいい。
この顔は、俺のよく知るものだから。
先の行為で散らばったままの衣服の中から、牛尾のベルトを取り出して、奴の腕を後ろ手に縛った。
前に牛尾は、SEXは神聖な儀式だと言っていたが、そんなもの、俺の価値観にはなかった。
現に奴も、裸で床の上で縛られたまま、口は快楽を紡いでいる。
「気持ちがいいのか。」
「ああ、嬉しいよ。」
俺は唇を吸った。
奴の唇は、硬かった。
女のものとは違い、少しカサついていた。
舌は柔らかかった。
奴の機関の一部だと思えば、えらくグロテスクで気分が良かった。
痺れるほどに舌に吸い付きながら、手を奴の下肢に落とした。
中心を握れば、舌が逃げた。
構わず追うと、視界がぼやけるほど側にある牛尾の瞳が潤んでいるのが見えた。
泣いているのか、快楽からくる生理的な涙なのか。
唇を離し、再度蒼い瞳に問う。
「そんなに気持ちがいいのか」
「ああ、幸せだよ」
俺の知らない価値観を紡ぐ口が憎らしかった。
俺は手を縛った牛尾を床の上に転がしたまま、自分はベットに腰掛けた。
「幸せならば、できるだろう」
牛尾は迷ったようだったが、ゆっくりと体を起こし、俺の中心に口付けた。
俺のものが、牛尾の口に入っていく。
粘着質な音と共に、ぬるっとした感触。
気持ちいいか悪いかは分からなかった。
感触より、眼に入る光景が淫靡で、酔いそうになった。
牛尾はフェラをすることに慣れていないようだった。
多分女相手でも、この潔癖な男はさせないのだろう。
牛尾が感じているであろう嫌悪と背徳。
奴の人生に決定的に、欠けているもの。
それを与えていることに、激しく昂揚感を覚えた。
足で牛尾の中心も刺激してやる。
痛めつけるのは本意ではない。
快楽を引き出すように刺激を与えれば、いつしか牛尾の口から小さく快楽の言葉が漏れた。
牛尾の頭を掴み、前後に揺らす。
髪の手触りは、高級な糸のようだった。
掴んでいても、すぐにすり抜ける、決して捕まえておけないような。
足の刺激を強めれば、牛尾のモノは限界まで立ち上がり、先走を垂らした。
牛尾が頭を左右に振る。
その拍子に、鈴口に歯が当たった。
癖になりそうな痛みと感覚。
どうやら、自分の限界も近いらしい。
牛尾の口から自身を出し、牛尾の顔に近づけた。
同時に、牛尾のモノも軽く圧迫する。
溢れ出す自分の精液が、牛尾の顔を白く濡らす。
同時に、牛尾も小さく声を漏らして精を放った。
床に飛び散る牛尾の粘液。
俺は舐めろと命令した。
手の自由が効かない牛尾は、床に顔を着けるのに難儀しているようだった。
腕を拘束しているベルトを外してやると、四つん這いになって掃除を始めた。
金色の髪が揺れ、赤い舌が床を舐める。
しばらく観察していたが、それに飽きると俺は牛尾自身に伝っているの粘液を、牛尾の秘部に塗りつけた。
「んっ…」
牛尾が驚いたように声を出す。
続いて、指で慣らすこともなく、後ろから一気に自身を埋め込んだ。
「…はっ…んっ…!!」
いきなりの刺激に戸惑う声。
牛尾の中は、キツかった。
さっき拓いたばかりだというのに、処女のように俺を拒んだ。
肉に、肉がめり込む感触。
女を抱いているのとはまるで違う、自身が喰われているような、錯覚。
「…あっ……ふっ…」
牛尾の頬が、床に付く。
髪が床に崩れ落ちる。
牛尾の頭を掴んで、鏡のある方向に向けた。
牛尾の瞳が鏡に映った痴態を見、すぐに閉じられた。
「見ろ」
牛尾は頭を降って嫌がったが、軽く中心を握ると、仕方なく目を開けた。
鏡に映るのは、裸で獣のように四つん這いにり、背後から俺に攻められ、だらしなく口を開き、髪を乱して喘いでいる牛尾の姿と、
ただズボンを緩め、性交に使う部分だけを出した自分の姿だった。
どちらが異常か、ふと、牛尾に腰を打ち付けながら考える。
答えは、明白だった。
「…っあ!」
ある部分を強く打ち付けると、牛尾が大きく眼を見開いた。
前立腺に当たったのだろう。
次いで、おなじ場所を攻めると、牛尾は身体を弓なりにしならせた。
「あ…っん、…ソコっ…!!」
牛尾の声が快楽に濡れる。
牛尾の中心は、限界寸前にまで膨らんでいた。
思いついて、俺はそれを手近にあった布で縛り、また前立腺へと腰を打ち付けた。
牛尾の瞳から涙が溢れ出した。
瞳の色を映した涙は、こんな時なのに美しかった。
それが悔しくて、俺は一旦牛尾から自身を引き抜いた。
「…くず、きり…?」
何故、と問う牛尾に、俺はだまってタオルで目隠しをした。
牛尾の腰が、牛尾の意志に反して、淫らに踊る。
俺は、聞いた。
「牛尾、どうして欲しい?」
「は…っん、…なに、…が」
「腰が揺れてる。欲しいか?」
「……欲しい、欲しい!」
快楽に負け、言葉を返す牛尾を、俺は嗤った。
ベットサイドに手を延ばし、あるモノを掴んで、そのまま牛尾の中に埋め込んだ。
「…んっ……んっ…」
牛尾の眉が顰められる。
柔らかいが、人間のソレとはまるで違う感触。
「くず、きり…?」
訝しむ牛尾の目隠しをとり、スイッチを入れると、牛尾の身体が大きく跳ねた。
「あっ…ああっ!!」
グロテスクなバイブが、牛尾の中を虫のようにはいながら、旋回する。
俺では入れない深いところまで押し込むと、牛尾は声のならない声を上げた。
牛尾の顎に涎が伝う。
「眼は開けておけといっただろう」
俺は牛尾に見えるように、そのバイブを動かした。
コードが牛尾から尻尾のように伸びている。
「あ…っ…、ひど…こんな…やめ…っ!」
快楽を散らすためか、左右に振られた頭から、汗が飛ぶ。
普段、上品にすましている牛尾からは、想像できない姿だった。
バイブは止めず、片手で胸の飾りと牛尾自身を弄ると、途端に辛そうな声が上がった。
牛尾の中心は、もう破裂しそうなほど膨れていた。
「出したいか?」
聞くと、牛尾が頷いた。
俺は素直に牛尾を阻んでいる紐を解いた。
「あっ……!!!」
途端、周囲に牛尾の精液が飛び散る。
牛尾の手足が崩たが、下半身はいまだバイブに苛まれ、小さく痙攣を続けていた。
俺はバイブを抜いて、牛尾をベットに乗せた。
仰向けにして、牛尾のモノに今度は直接バイブを押し当てた。
また、元気を取り戻していく、牛尾のモノ。
―快楽を与えてくれれば、なんでもいいらしい。
男として、当たり前のことだが、何故か酷く腹立たしかった。
俺は、バイブのスイッチを切り、それを牛尾に手渡した。
牛尾が困ったように俺を見上げる。
「自分で、してみろ」
「そんな、できない!」
「さっきまで、あんなにバイブで善がってたくせに、よく言う」
俺が侮蔑するように吐き捨てると、牛尾が整わない息で呟いた。
「怒って…るのか?」
「―なんだと?」
「怒らせたならっ…、謝る」
殊勝に謝る牛尾に、俺は頭に血が登るのを感じた。
「俺は貴様のそういうところが大嫌いだ!」
「なぜ、なぜ貴様はそうなんだ、いつも分かったような口を聞いて!貴様に、貴様に何がわかる!?」
俺は牛尾の首筋を噛んだ。
牛尾の身体の至る所に、噛みついた。
苛立たしかった。
コイツの存在全てが。
大嫌いだった。
コイツは俺に、いつも絶望を押し付けた。
中身のない偽善者のような顔で理想を語る姿は、いつも俺の神経を逆撫でした。
いつだって、俺のことを許す、こいつが、大嫌いだった。
自分が惨めで小さな人間だと思い知らされるから。
大嫌いだ。
大嫌いなのに。
俺は絶望のまま牛尾から離れ、項垂れた。
牛尾はそんな俺を責めることも同情することもなく、ただそっとキスをした。
長いキス。
柔らかくて、優しいキス。
息継ぎの合間に、痛みの欠片すら見せず、牛尾は笑った。
「屑桐、愛してる。挿れて。」
泣きたくなるほど、綺麗な笑顔だった。
俺は観念した。
素直に、牛尾が愛しいと想った。
腰を進めると、牛尾も同じように動いた。
正常位で牛尾の顔が見れないのが癪で、俺は牛尾を抱き上げ自分の上に座らせた。
「あっ…ふっ…、んっ…」
牛尾自身の体重で、より深くつながる。
「自分で動いてみろ」
牛尾の腰を掴み上下に動かすと、牛尾もたどたどしく腰を揺らした。
下から突き上げてやれば、牛尾は快楽で小さく鳴いた。
「あっ…あっ…あっ、!」
牛尾の中心は、また先走りを垂らしている。
俺の ピストンに合わせて、牛尾が腰を振る。
確かに牛尾は俺を求めている。
そう想ったら、不意に満たされた気がした。
自分自身が体積を増す。
「屑桐…もう…!!」
「ああ、一緒に、達こう」
俺は牛尾の身体を倒し、牛尾に口付けながら、精を放った。
同時に、牛尾も胴を震わせた。
俺たちは精を出したあともしばらく、互いにキスを求めていた。
ベットで寝ていると、牛尾がペットボトルを差し出してきた。
「勝手に冷蔵庫から出してしまったけど」
少し照れながら笑う。
俺は素直に受け取って、一口貰った。
案外、喉が乾いていたことに気が付いた。
ボトルを返すとき、ほんの一瞬、手が触れ合った。
牛尾の手は、とても冷たかった。
俺は少しだけ驚いて、牛尾を布団に抱きいれた。
牛尾は嬉しそうに微笑み、俺の腕に収まった。
平穏なまどろみ。
暖かな鼓動。
まるで愛し合っている恋人同士のような状況に、俺は小さく苦笑した。
「痛かったか?」
その柔らかい時間に甘え、そっと問うた。
「大丈夫。」
えへへと笑う牛尾の顔を見て、胸の奥が小さく痛んだ。
牛尾を抱きしめる手に、力が篭った。
「痛いよ」
また、笑う。
「さっきと比べたら、こんなもの痛みとは呼ばないだろう」
「違うよ、心がいたいんだよ」
俺が絶句すると、牛尾は懺悔するように、俺に伝えた。
「屑桐、僕は君が苦手だ」
牛尾に触れた肌が、一瞬緊張した。
なにも言えないでいる俺に、牛尾は更に続けた。
「君といると、辛いことが多い。
君の存在そのものに、絶望することすらある
僕は、ずっと君のことが好きでいられる自信はない。」
「――そうか」
やっと搾り出した言葉。
胸の奥がまた、ズキと痛んだ。
「それでも」
牛尾は言葉を止め、俺の目を見て、言った。
「君を愛している」
牛尾はキスを落とし、俺の次の言葉を封じた。
永いようで、ほんの一瞬のような、甘い、甘すぎるキスだった。
大嫌いだった。
俺が最もくだらないと思う、善意や愛の塊のようなこと男が大嫌いだった。
自分がその「善意」に触れたら、愛をもって動いたら、気が狂うのは分かっていた。
「善意」に触れるだけの、精神力も勇気も持たない俺は、「善意」を壊すことばかり考えていた。
絶望という、人間らしい感覚で牛尾の「善意」を壊したかった。
だけど、「善意」を毛嫌いすればするほど、鏡のように己に帰ってきた。
―――ならば、もう、受け入れよう。
屑桐は、キスをやめ、泣きそうな顔でこちらをみている牛尾に、小さく微笑んだ。
「ありがとう、愛している。」
愛しているの言葉は、俺たちの始まりと、終わりだった。
黒と白で分かれた世界に、初めて、色が混ざった瞬間だった。
再び重なった唇は、世界から声を奪うのには充分の長さだった。
end