いつの間にか雲が太陽を隠しはじめた、心地よい春の日。



 むぅっと唇を結んで、苛々と信号を待っている猪里。


 ふわふわとした髪をなびかせていながらも実は硬派なこの男は
 九州という土地柄か中身はかなり喧嘩っぱやい。


 こんな横断歩道にすら「感情」をぶつけて生きる猪里は
 オレの知っている人物の中で、間違いなく最高に男らしい。


 けれどいざ信号が変わり歩き始めたら、横断歩道の僅かな段差に足を取られて体勢を崩す。


 オレが慌てて肩を抱き寄せると「おわっ」と変な声を出して、また転びそうになった。




 「大丈夫Ka?」


 「き、キザな真似すなー!」




 まっすぐオレの目を見て怒鳴る猪里。


 オレが「降参」と両手を挙げると、猪里はぷんすか先を歩いて
 横断歩道を渡りきったあと、不意に立ち止まった。
 

 
 
  「どうしTa?」 
 

  「・・・でも、だけど、一応。 ありがと」



 ぼそ、と聞こえるか聞こえないかの音で。

 今度はオレの顔も見ずに唇を引き結んで
 照れと悔しさと感謝の薄桜色の言葉を届ける、最高に男らしいオレの想い人。
 

  

  (ああ。また負けTa。)



 オレは確実に潰された胸の痛みに苦しみながら、
 今更ながら自分の恋心を思い知らされ、猪里と同じように唇を引き結んだ。


 だけれど、負けてばかりは悔しくて。

  
 猪里の頭をグシャとかき回し、隣に並んで歩き出した。


  

  「やめんねー」


  「HAHA-N これくらいは東京では常識だZe?」


  「意味が分からんー!!」


 
 無理やり「いつも」を取り返し
 いつものように、ふたりで笑った。









   たとえば、えらく待たされた横断歩道でも。
   たとえば、でこぼこすぎるアスファルトでも。


   全力で生きるお前には、きっとすごく大きな敵だと思うけれど。
 

   いつでも隣で、絶対に助けてみせるから

   そのすべてが、お前の微笑みになればいいと、思う。









 雲がゆっくり空を滑り、世界は叙々に明るさを取り戻していく。


 眩しすぎるほどの太陽に目を細めた猪里の横顔に
 また胸のどこかを優しく殺され
 その気持ちを悟られないように、オレは小さく笑った。









不器用で素敵なあなたへ






end






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