「愛してる」







水のない水槽の中で





  「もう大丈夫だ、大丈夫だ。」



 獅子川の兄貴が俺に言った。


 猿野が俺の肩を抱いて振り絞るように言った。



  「もう終わった。終わったんですよ。」



 思えば、それは猿野の唯一の失言だったのだろう。



 だが、俺はなにも感じず
 永遠と、ただ泣いていた。




 空の青が眩しかった。




 青がただ、恋しかった。




 














 
  そうだ、小さい頃よく怒られては押し入れにいれられていたっけ。



 暗すぎる部屋に既視感を覚えて、ふとそんなことを思い出す。


 いまのこの状況は、お仕置きという点では似ているのかもしれない。


  ジャラジャラとなる首輪が邪魔だ。

  それに手錠も。


 鎖が繋がれている先は、ベットの足。



 本気で足掻いたら、きっとこの鎖は取れるのだろうと考える。


 捕らえられたばかりの時は、逃げたくて仕方がなかったこの部屋に
 いつしか慣れてしまっている自分がいる。



 どうして逃げたかったのか、今ではよく、覚えていない。



 なんとはなしにつけたテレビでは、ドラマの再放送がやっていた。



 言い争う男女が何時の間にやらベットシーンに移行し、激しい口づけを交わしている。



  そういえば、ここに閉じ込められたとき、牛尾さんはなにか言ってたな。



 唐突に、テレビを見ながら思い出す。





  ―魔法をかけたよ





 そうだ、確か、牛尾さんはそう言って笑ったのだった。 



  魔法?



  うん。扉が、夢を食べてしまう魔法。



 どういう意味ですKa? 俺が聞き返すと、牛尾さんは微笑んで、優しく言った。




    ― 君はもう、悪夢を見なくていいんだよ。












 寝返りをした拍子に、頬に冷たい鎖があたり、驚いて起きてしまった。


 時計を見ると、22時。


 随分と長い間、眠ってしまったようだった。



  牛尾さん、まだ帰ってこないのかな



 腹減っTa。と小さく呟く。



 俺が手の届く範囲には、包丁や刃物類はない。



 自分で料理をすることはできないので、食べるとしたら、冷凍食品のみ。



 初めは当てつけのように牛尾さんとの食事を避けて冷凍食品ばかり食べていたが、
 ひと月も過ぎると意地を張るのも馬鹿らしくなってしまっていた。



 牛尾さんが帰ってきてから作ってくれたものを食べる、それが繰り返されるうちに、
 牛尾さんが帰ってくることは、俺にとって食事を意味するようになっていた。


 そのパブロフ効果のおかげで、牛尾さんの帰りを待ち遠しくなってしまった自分に苦笑し、
 俺は絨毯の上で体を丸めた。









  ―ただいま



 
 24時過ぎ。牛尾さんが帰ってきた。




  おかえりなSaい。



 返事を返す。



  ―遅くなってごめんね。いま、ご飯を作るから。



 牛尾さんはそう言って、スーツのままキッチンにむかった。



 じゅうじゅうと、肉の焼ける音がする。



 ぴくりと顔を上げた俺に、今日はステーキだよ。と牛尾さんが教えてくれた。




  ステーキ、嬉しいでSu!



 俺がそう返事をすると、牛尾さんは嬉しそうに、よかった。と微笑んだ。



 牛尾さんが付け合せの野菜を作る。



 彼の料理はいつだって美味しくて、野菜が嫌いだった頃の自分が馬鹿みたいに思える。



 俺はフライパンを返す牛尾さんの後ろにしゃがみこみ、
 じっとその姿を眺めていた。



  ―そんなに見られたら、照れて手元が狂ってしまうよ。



 牛尾さんは照れたように俺に言った。


 俺が気にせずじっと眺めていたら、
 もう席に座ってなさい。とやんわりたしなめられた。



 ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、難儀してイスに座る。




 テーブルマナーにうるさい牛尾さんのせいで、
いつのまにかしっかりとナプキンの引き方も、グラスの掴み方も覚えてしまった。


 牛尾さんの分まで、グラスに水を注いで待っていると、おまたせ。という声とともに、目の前にステーキが置かれた。




 切り分けられた肉と、昔は大嫌いだったキャロットグラッセ、ブロッコリー。


 それがいまではご馳走に見えるから、不思議だ。



 俺が喜んでステーキを口に運ぶと、牛尾さんは目を細めて喜び、自分も一口、食べた。



  美味しいでSu!


  よかった。すこし、塩が足りないかな?


  いえ、ちょうどいいですけDo?


  そうか、ならいいんだ。



 最近味覚がおかしくてね。
 そう苦笑する牛尾さんに、疲れてるんじゃないですKa?と返す俺。


 塩を取ってあげようとしたら、鎖が邪魔して、グラスを倒してしまった。



 すいませんと謝る俺に、牛尾さんは、いいんだよ。と笑って、
 布巾で丁寧に水を攫った。





 食事が済むと、牛尾さんとお風呂に入るのが、俺たちの習慣だった。


 牛尾さんが手錠や鎖で自由に身体を動かせない俺を、丁寧に洗ってくれる。


 人に体を洗われている感覚は、すこしくすぐったくて、幸せだった。



  痒いところはないかい?



  大丈夫でSu、気持ちいい



 些細な会話をしながら、体中を泡だらけにされ
 それを丁寧に洗い流し終えたら、2人で少しぬるめのバスに入る。


 そのまま数時間入っていることもあれば、すぐ出てしまうこともあった。


 お風呂でさまざまな会話をして、少しだけ互いの体を触りあい

 時折、くすぐったいと声をあげて笑った。

 
 お風呂から出ると、牛尾さんは丁寧に俺の髪を乾かしてくれる。


 その白い綺麗な手は、俺にはとても大きく、扇情的に感じられた。


 じっと牛尾さんの指を、感覚を研ぎ澄まして探っていると、



  欲しいのかい? 



 と笑われた。



 直接的な表現に顔を赤らめてしまう俺に、牛尾さんは優しく笑って、


 素直で可愛い。と、俺を撫でてくれるのだった。












 そのまま、ベットでセックスをする。



 はじめは怖くて痛くてしょうがなかったそれも
 いつしか、なくてはならない行為へと変わった。



  今日の牛尾さんは、少し疲れているみたいだった。 




 それでも、いつもと同じように優しく俺を愛撫してくれるので

、俺はたまらなくなって、牛尾さんに、もういい。と体で伝えた。



 ―でも、君はまだ果ててない。



 そう言って困った顔をする牛尾さんに、俺は、いいですから、と愛撫を拒み
 代わりに牛尾さんの上に跨った。



 驚いた顔をする牛尾さんに、俺はニっと笑ってから
 わざと見せ付けるように牛尾さんのソレを口に入れた。


 途端、ビクンッと反応してくれるのが嬉しくて、丁寧にソレを舌で撫ぜる。


 裏から表から、根本から先端まで。


 自分がやってもらったら気持ちがいいと思うことを牛尾さんに実行してみる。


 喉の奥に当たるように牛尾さんのものを銜えると、牛尾さんのソレは一回り大きくなったように感じた。


 嬉しくなって、口に入れたまま頭を上下に動かした。



 じゅぶ、じゅぶと、卑猥な音が室内に響く。



 その音に興奮したのか、また、牛尾さんのソレは体積を増した。


 大きくなりすぎて、口では銜えきれなくなり
 俺は鎖のついたままの手で、口から出てしまった部分をゆっくりと擦る。



 金属の鎖が、なるべく牛尾さんの肌を傷つけないように気を使いながら、
 指で輪を作り、丁寧に牛尾さんのソレを愛撫した。


 そっと牛尾さんの顔をうかがうと、最初は驚いていただけだったのに
 今では薄く眼を閉じて、まるで快楽をこらえるような表情をしていた。



 俺が見つめていることに気が付いたのか、牛尾さんと目が合った。


 牛尾さんは照れ笑いのように、青い瞳に情欲を湛えて微笑んだ。


 その淫らで美しい姿は、俺には刺激が強すぎたようだった。


 俺は牛尾さんの愛撫しているのにも関わらず、自分自身のモノも興奮に猛っていくのを感じた。


 だけれど、それを牛尾さんに知られてたくなくて、わざと余裕があるふりをして、牛尾さんのモノをゆっくりと舐めていった。


 焦らすようにゆっくりと、頭を上下に動かし、快楽を緩く与える。


 舌は、あえて先端ではなく、カリの部分や裏筋を舐め上げた。



   少しだけ、苦い



 そんなことを考えながら、ゆるゆると小さな刺激のみを断続的に与えていると

 焦れたのか、牛尾さんは俺の頭に手を置いて、もう少し激しく動かすことを小さく勧めてきた。


 俺が頭を動かすと、誉めるように牛尾さんの手が優しく頭を梳る。


 その感触が嬉しくて、気持ちがよくて、俺はさっきまで焦らそうとしていたのも忘れて、激しく牛尾さんのモノを攻め立てた。


  牛尾さんのモノが大きくなるに従って、俺自身も、興奮と期待と嬉しさに、すこしずつ体積を増やしていく。


 さっきまで牛尾さんのモノを補助的に愛撫していた両手は、気が付いたら自分の孔を解していたが、俺はもはや、その動きを自分では止めることが出来なかった。
 

 牛尾さんのモノを弄りながら、自分の孔を拓いていく。


 その背徳的な行為に酔いしれ、いつしか自分自身も限界まで膨らんできた頃。


 突然、牛尾さんの手に、顔を離すよう促された。



  なぜ?




 不満をそのままに牛尾さんを見上げれば、




 ―もう少し君の自慰を見ていたかったのだけど、そろそろ限界みたいだ。




 そう優しく微笑まれた後、そのまま後ろに押し倒された。



 牛尾さんに圧し掛かられて、逃げることが出来ない身体を、自分が育てた牛尾さんの剛直が一気に貫いた。




  ッ!




 衝撃と驚きに声が出ない理性を置き去りに、すっかり蕩けていた身体は、待ち望んだ刺激に、ぎゅっと牛尾さんのものを締め付けるように打ち震え、しゃぶりつく。



  ―まったく、きみは。



 俺の締め付けがキツすぎたのか、牛尾さんは一瞬何かに耐えるように、顔を顰めた。




  あッ、あぁ……



 もはや、言葉を話すことを放棄した唇が、意味のない快楽の音を吐き出す。



 快楽から逃れようと身体を捩った拍子に、ジャラリと鎖が鳴る。



 その音が被虐の快感を呼び覚まし、俺はまた目を閉じて喘いだ。


 牛尾さんは俺の表情を幸せそうに眺めながら、まるで楽しむかのように、俺の中を牛尾さんのモノでかき混ぜた。


 優しくも、激しいその動きに、俺は拘束された両手を揺さぶって快楽を散らそうと努めた。



 ダメッ……!!!そこッッ…!



 我を忘れて嬌声を上げる俺に、牛尾さんは更なる快楽を与えようと、俺に乳首に唇を当てた。



 いつのまにか、充血してしまったそこを、蕩けるほど甘く、牛尾さんの唇が撫ぜ上げる。



  ―これでも、ダメかな?



 優しく、牛尾さんが問う。


 その優しい意地悪に、俺はまた、ぎゅっと牛尾さんを締め付けてしまうのを感じた。


 牛尾さんはそんな俺の反応にくすりと笑い、腰の動きをとめ、ソレを挿れたまま、首筋を、わきを唇で辿る。


 焦らすようなその刺激に、俺は腰をくねらせて抗議をしたが、牛尾さんはそのまま俺の反応を楽しんだ。


 ゆっくりと、でも、決定的にはなりえない刺激に、俺はだんだん辛くなってしまい、牛尾さんの手を掴んで、止めた。



  もう、いいですかRaッ…!!



 ちいさな絶頂間の連続で、切羽詰った俺の声に、牛尾さんは困ったように笑って、最後に乳首を軽く噛んだ。




  あああッッ… 



 絶妙のタイミングで与えられた刺激に、俺の腰が大きく跳ねる。



 その反応に応えるように、牛尾さんのモノが、俺の最奥をぐっと突き、大きく脈打つ。



  飛ぶッ!



 そう思ったときには、すでに飛んでいた。 


 自分自身が精を跳ばすと同時に、ぎゅっと牛尾さんを強く締め付ける。


 刹那、自分の体内で、熱いなにかが注ぎ込まれるのを感じた。




  んんッ、Nn……ッ!!  

 

 牛尾さんの熱を受け止めて、俺は思わず快楽を叫んでいた。


 牛尾さんは、射精後独特の痙攣に身体を震わせたあと、俺を優しく抱きしめた。


 快楽にうつろになってしまった目で牛尾さんを見つめると、


 牛尾さんは、よく頑張ったね。と、俺の頭を撫でてくれ、優しくキスをしてくれた。


 俺は幸せな気分になって、牛尾さんの胸に頭を預けて、そのまま眠ってしまった。




 眠る前に、何度も、牛尾さんは囁いてくれた。



  「愛してる、愛してるよ」



 と。



 毎晩、欠かさず。



 俺の意識が潰れていくまで。









    (だったら、どうして俺を閉じ込めたの?)







    「わるい君を、ぜんぶとりかえてしまうために」

















 牛尾さんは、けっして俺の名前を呼ばなかった。


 自分の名前を忘れてしまうまで、それほど時間はかからなかった。


 それでもいいと思った。 


 牛尾さんと2人で、牛尾さんだけの俺であることは、最高の幸せだと思えた。


 牛尾さんのことだけを考えて、牛尾さんだけに縋って、牛尾さんの腕の中で眠る。


 その幸せを、失いたくないとまで思っていた。



   魔法が解ける、あの日までは。














 いつまで待っても、牛尾さんは帰ってこなかった。


 日付が変わって、朝が来て、また夜がくるまで、牛尾さんは帰ってこなかった。




   腹、減った。



 何度も、そう思った。



 冷蔵庫に、冷凍食品がたくさんあるのも、知っていた。


 それを食べればいのだけれど、ご飯は牛尾さんと一緒に食べる。そう決めていた。


 水だけを飲んで、時間を潰した。



 思いたってつけてみたテレビでは、ドラマの続きがやっていた。


 最終回らしく、女が男の胸に縋って何やら大声で叫んでいた。


 どうしても、俺には女の声が聞き取れなかった。


 あまりに耳障りなその音を聞いていられなくなって、俺は再び無音の世界に戻った。


 水は、すっかり温くなってしまっていた。

 








 気が付けば眠っていたのか、また、鎖の冷たい感触に驚いて目を覚ました。


 ぼうとする頭を持て余していると、遠くから階段を上る音がした。




  牛尾さんだ!




 俺牛尾さんを出迎えようと走った。


 だが、首輪が邪魔して、扉まで1mほどで、つっかえてしまった。


 仕方なく、その場です座り込み、牛尾さんを待つ。


 数分後、扉が開いて、やけに疲れた顔をした牛尾さんが帰ってきた。



  おかえりなSa…



 挨拶をしようとした俺を、牛尾さんは、いきなり強い力で抱きしめた。



  泣いている?



 頬に濡れたものを感じて、俺は驚いた。



  大丈夫ですKa?



 俺は心配して尋ねた。



 牛尾さんは黙ったまま、俺をぎゅっと抱きしめた。


 しばらく俺を抱きしめたあと、牛尾さんは搾り出すような声で俺を責めた。



  ―どうして、言ってくれないんだ



 俺を抱きしめながら、俺の首輪を撫ぜながら、俺の手錠を辿りながら、牛尾さんは懇願した。



  きみをこれ以上苦しめたくない。


  だから、お願いだ。


  言ってくれ。





 牛尾さんが、なにをそんなに悲しんでいるのか分からなかった。


 俺は、訳も分からず、牛尾さんに抱きしめられていた。


 ただ、牛尾さんの涙を止めたくて、眦に口付けた。


 牛尾さんは驚いたように身体を強張らせたあと、

 俺が潰れてしまうくらいの力で

 俺を抱きしめて

 やがて

 ぽつりと言った。





  ―どうしてきみは、僕のものにならないのだろうね






  そう言って牛尾さんは、とても綺麗に笑った。



 そうして俺に、買ってきたよ。とおしるこの缶をくれた。


 俺がそれを飲んでいるあいだに、牛尾さんはポケットから、小さな鍵を取り出した。


 その鍵で、俺の手錠を、首輪を外していった。


 カチリ。小さな音とともに、俺を拘束していたものは、全て外れた。




  ―行きなさい。





 牛尾さんは、見惚れてしまうほど綺麗な笑みを浮かべて、俺にそう囁いた。



 訳が分からなかった。

 
 牛尾さんの言葉の意味も、微笑みを浮かべている理由も。


 困惑している俺に、牛尾さんは、また優しく笑った。




  「虎鉄くん、もう君は自由だよ」



 そう言って、扉を指差した。



  「ごめんね。」



 小さく俺に謝った。




  「ありがとう」 



 微笑みながら、謝った。




 俺は牛尾さんの言葉に、子供のように頭をふって、いやいやをした。



 牛尾さんは俺に口付けて、言った。


 決心するように、
 死を選ぶように。





      「―愛してる」





 その瞬間、俺は、時が止まったように、その場に立ち尽くしてしまった。



 心臓がキリキリと痛む。



 胸を押さえてしゃがみこんでしまった俺の身体を、牛尾さんがかき抱く。




 俺は、自分の目から、涙が零れていくのを感じた。



 指先が震えて、俺は怖くなって牛尾さんの顔を触って確かめた。


 「牛尾さん……」


 「俺は」


 「俺は……っ」



 色々な想いが交差して、言葉が喉につかえた。




  毎晩、疲れているのにご飯を作ってくれた牛尾さん。


  お風呂に入ると、俺を猫みたいに洗ってくれる牛尾さん。


  セックスのとき、少しだけ意地悪になる牛尾さん。


  眠るとき、手が意識を失うまで頭を撫でてくれた牛尾さん。


  いつも、笑ってくれた牛尾さん。


  毎晩、愛してると言ってくれた、牛尾さん。


  大好きな大好きな、大好きな牛尾さん。 




 牛尾さんは、ただ涙を流し続ける俺を、まるで宝物を見るように愛しげに見つめた。


 俺は嗚咽と涙を吐き出しながら、牛尾さんを抱き返した。


 牛尾さんは、俺の嗚咽も涙も拾い上げて、唇で掬って温めてくれた。


 別れたくない、失いたくない、魔法なんか解けなくていい。


 そう想っても、牛尾さんから伝わる強い意志が、もう2人の世界の終りを告げていた。



 終りなのか。


 本当に、もう2人だけではいられないのか。


 今までの日々を想い 涙をこぼしながら 俺は一つのことに気づいた。





  「牛尾さん俺、牛尾さんを幸せにしてあげられませんでしTa」



 

 嗚咽を噛み殺して伝えた言葉に、牛尾さんは驚いた顔をして、また、俺をぎゅっと抱きしめた。





  「幸せだった、本当に、幸せだったよ。」



 牛尾さんの青い目が、涙ですこし潤んでいた。


 それすらも美しくて、綺麗で、俺は夢中で牛尾さんに口付けた。



 扉の外が、騒がしかった。



 2人の世界は、着実に終りへ向かっていた。


 牛尾さんは俺の涙をぬぐってから、もう一度、俺に告白をしてくれた。




  「愛してるよ、虎鉄くん。
   世界で一番、なによりも愛してる。
   ありがとう、本当に、愛してた。」


 愛してるという言葉を聴いた途端、俺は、自然に牛尾さんの意志を理解し、後悔で胸を潰した。


   「俺も、世界で一番あなたを愛していまSu。」





 もっと早く言えばよかった。




  そうすれば、牛尾さんと一緒に消えることができたのでしょうKa?




 問いたくても、俺にそれを聞く権利はなかった。


 代わりに、俺からもう一度、牛尾さんの唇に触れた。


 最後の口付けは、一瞬のようでも、永遠のようでもあった。



 やがて、牛尾さんは静かに俺から離れて、綺麗に笑って、さようならと言った。


 俺は頷いて、何度も何度も振り返りながら、扉を掴み、外に向かって開けたのだった。























end






back