「タイムスリップしたってことは、白雪の家には、過去の白雪がいるんだよな?
   今のお前と過去のお前が会うのはまずくねー?」

  「…そうだね」
 

 ホテルでも取るかと財布を開けるも、あるのは数万円と、カードのみ。
 多分、ココでは存在すらしていない口座で。 …困った。

  「んーと。じゃあさ、オレん家来いよ!」 


  「えっ」


  「キャッチャーミットも取りに行きたいし、よし。帰ろう!」


 大神はビシっと指を伸ばして、すぐに帰り支度を始めた。


  「部室で着替えてくる。チャリで追いかけるから、先行ってて。道、分かるよなぁ?」


 突然の展開に驚いている僕に、昔のままの言葉を掛けて、大神は部室へ帰っていってしまったのだった。 


  (”道、分かるよなぁ?”か。)  


 大神の言葉を反芻し、胸がキリ、と痛んだ。 もう、7年も行っていない。 だけど忘れるはずのない道を、頭の中で思い出していた。


 大神の姿が見えなくなって改めて、鼓動がうるさいくらいに耳に響く。


 突然の幸せに途方にくれて、僕はただ、グラウンドに立ち尽くしていたのだった。


 


 数分、呆けていたらしい。

 ぼんやりとしている僕に、支度を終えた大神は呆れたように声を掛けた。


  「白雪、なんでまだここにいんの」


  「…え。あ、ごめん」


  「…もう。なんつーか大人になってもマイペースは変わんないのな」


 すずめの魂、ひゃくまで?と、合っているのか怪しい言葉を呟き、
 大神は、「早くしろ」と自転車のサドルの後ろを指差した。


  「え?」

  「だーかーら。乗せてってやるから、はやく乗れって!」
 
  「もうボクは大人だし、そんなことできない」

  「もー!かんけーないだろ、そんなん。ほら、いくぞッ!」




 大神ははっきりしない僕に焦れたのか、無理やり僕の荷物を前カゴに突っ込み、
僕に逃げ道を与えず自転車の後ろに乗せて、勢いよくペダルを漕いだ。 


 懐かしい景色が高速で流れていく。


 前を見れば、金色の癖毛が、風に踊っていた。

 わずかに大神の匂いも、する。

 その香りに包まれた刹那、恥ずかしいとか、そんなことは気にならなくなった。

 ただ、幸せに包まれ、目を閉じる。
 


  (太陽みたいな匂いが、するなぁ)



 そんなことを考えていると、大神に「やっと静かになったな」と笑われた。


 静かな静山。なーんちって。 大神のくだらないギャグに、不覚にも僕は笑ってしまった。

 僕の笑い声を聞いて、大神も嬉しそうだった。

 調子にのったのか、いくつもの、あまり面白くはないギャグ。


 つまらないはずなのに、その空気が、声が、とてもとても、幸せだった。


 
 …大神。 世界で一番、君が好きだよ。



 不意に強く想った言葉を、目の前の背中に心の中でぶつけて、僕はまた、笑った。








 午前7時。
 
 大神の家に着いた。


 大神は、小さい時に聞いた十二支高校伝説の投手の話が忘れられず、
はるばる県外から受験しにきた。という変わり者だった。

 両親に無理を言っての一人暮らし。

 狭い、狭いボロアパート。



  「懐かしいなぁ…」


 部屋の入った途端思わず呟いてしまってから、自分の失言に気づく。


 だが、大神は特に気に留めなかったのか、「その辺座って〜」と上機嫌だった。
 
 
 僕の定位置だったデスクイスに座ると、その変わらない感触にまたも笑顔がこぼれてしまった。


  「なぁにニヤニヤしてんだよ気持ち悪い」

 
 大神もまた笑いながら、僕の正面のベットに腰掛けた。


 大神の体重でベットがギシ、と沈む。 

 
 そのしぐさで、案外大神って重いんだな。と気付く。

 幽霊じゃないんだ、と安堵する。


  (いや、この時代で幽霊なのは、僕の方かな?)


 そんなことを思い、不安になっ身体を揺らしてみた。 


 ガタガタ、となるイス。


 ――大丈夫だったらしい。


 安堵で僅かに息を吐くと、大神は不思議そうな顔をして僕を見つめた。 


 真っ青な瞳。


 その瞳にぶつかり、僕は吐いたまま、息を吸うのを忘れた。


 7年も会わなかったからか、改めてその青に魅せられる。

 
 忘れよう。そう努めた想いは、記憶に深く沈めることで、
かえって色あせることなく、純粋に大神のことを慕い続けていた。


  (まだ、こんなにも、好きなんだ。)


 稲妻に打たれたような衝撃に固まってしまった僕に、大神は、



  「ホント、大丈夫かお前?」


 不審だ、と目を細めた。


  「うん、ごめん」


 痛む胸に手をあて、僕は素直に謝った。



  「まぁ、いいや。なんか飲む?」


  「えっと、冷蔵庫には…」


  「そう!コーラしかない」


  「…栄養、気を使いなさいね」


 相変わらずだなあ。ため息をついた僕に、大神は「はい」と僕用のカップを渡してくれた。


 真っ白なカップ。

 
 工芸の時間に柄を書くのが面倒になった大神が、「白雪をイメージしてつくりました」と言い訳して誕生した、手抜きのカップ。


 未来の僕の家では、なぜか取っ手の部分がとれていたので、物置にそっとしまってある、大切なカップ。


 物思いにふけり、じっとカップを見ている僕に、大神はなみなみコーラを注ぎ、自分は残りをペットボトルからそのまま飲んだ。

 
  「で。」


 飲み終わると、唐突に大神は話をはじめた。


  「なんでお前、過去にきちゃったんだろうな?」


 『グラウンドにいったら、ボールが手に飛び込んできて、気が付いたら、過去にいました。』
 

 自転車に乗せてもらいながら、タイムスリップした状況について、僕は大神にこう説明した。


 大神はふんふん、と分かったような分からないような返事をしていたが、やはり、疑問は残ったのだろう。


 まさか、ひとめ大神に会いたくて、ともいえなかったので、僕は「分からない」と短く答えた。


  
  「そっか。」


 大神は小さくうなづいて、ペットボトルをくしゃりと潰した。


  「もし、だけど。

   もし、過去に戻ってきたことに理由があるなら、オレに言えよ。

   どんなバカな理由でも、おまえの力になってやるから。」


  「……」
 

  「ばーか、そんな顔するな」


 白雪のこと、いじめてる気分になるだろー! 顔をギュっとつねられた。 


 大神は、いつでも僕にさりげない優しさをくれる。

 僕のことを疑うことも、面倒だと避けることもできるのに、大神はただ、僕のことを気遣うだけだった。


 つねられた頬が甘く痛む。 


 その痛みはいつしか心まで浸透して、僕の心臓をキリと刺した。


 嬉しくて、優しくて、甘くて、恋しくて…痛かった。  


 僕が存在するはずのない世界で、亡くなるはずの大神に触れている恐怖が途端に襲ってきて
 僕はコーラを飲むことで誤魔化した。



 シュワ、と炭酸水が淡くはじける。





 ありがとう、そう言わなければいけないのに

 感謝を伝えることは、大神の言葉を認めることで。


 ごめんと謝ることもできない僕は、笑顔を作ることしかできなかった。 



  「おいー!痛いとか言え!!白雪のばか!」 


 口を尖らせる大神に、思わず好きだと言いそうになった。
 

 その言葉もまた笑顔で潰して、僕はアハハと声を出して笑った。


 大神も、こんどはつられて笑ってくれて、2人でしばらく笑いあっていたのだった。























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